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『 夢の途中 ~誓い~ 』

 

都内に住んでいる時にも度々あった事だが、アメリカで暮らすようになってからも、変わらずヒロさんのお母さんから宅配便が届けられる。中身はその都度違っていて、季節を感じられる食べ物だったり、旅行のお土産だったり、ちょっとした衣類だったり・・・と、まるで福袋気分だ。

「何だ、また何か送って来たのか!」

荷物のラベルを見ただけで、ヒロさんが大げさにため息をつく。
こんな風にいつも迷惑そうに言うけれど、本当はヒロさんだって嬉しいと思っているんだって、俺はちゃんと知っている。

「お母さん、京都に旅行に行かれたそうですよ。旅行先からわざわざ送って下さったみたいです。」

「中身何だよ・・・。」

段ボールの中には結構大きめの四角い箱が二つ。そのひとつをパカンと開くと、中には色とりどりなあられやおかきがびっしりと詰まっていた。

「えーっと、お菓子です。色んな種類のあられがいっぱい・・・。」

「あられなんか、こっちの日本食スーパーでも売ってるってーの。高い国際便使ってんなもん送って来るなよな・・・。」

呆れ顔のヒロさんは俺の手の上から小さなあられをひとつ摘みあげ、かりりと齧った。その様子に嬉しくなって、俺も違う種類のものをひとつ齧る。

大事なひとり息子を男の嫁にやってしまったばかりか、俺の転勤で海外にまで連れ出されてしまって、上條の両親には本当に申し訳ない事をしたな、と思う。本当なら責められて当然なのに、電話があればヒロさんだけでなく俺の健康まで気遣ってくれるし、毎回送ってきてくれる荷物の中身は何でも必ず二人に宛てての物なのだ。そんなお母さんなりの心遣いが嬉しくて、俺はそういう意味でもヒロさんと一緒になれて良かったな・・・と思う。

長年一緒に暮らしていながらも、実は付き合っているのだとはなかなか言い出せずにいた俺達に、話すきっかけを与えてくれたのは実はお母さんだった。

ご両親の結婚記念日のお祝いの食事会に俺とヒロさんも招待され、普段なかなか行けないような日本料理のお店で食事をした。その席で、お母さんが唐突に言い出したのだ・・・・。

「そういえば、ヒロちゃん達は記念日のお祝いとかしないの?」

「は?何の祝いだ?」

「そういう事ちゃんとしてないとダメよ。いくらでもあるでしょ、出会ってから何年目とか、一緒に暮らすようになって何年目、とか。」

「・・・・ヤロー同士でそんな事祝う奴なんか聞いた事ねぇよ。」

「そんなの関係ないでしょ。男とか、女とか。これだけ長く一緒に暮らしていたら事実婚になるんだから。」

お母さんのその一言に、ヒロさんは手に持っていた吸い物のフタを盛大に落とし、俺は箸を持ったまま凍りつき、お父さんは困った顔でため息をひとつついた。

「・・・今、何て・・・・・・・?」

「え?だってそうなんでしょう?ヒロちゃんと野分君って・・・。」

ここが個室、しかも離れの部屋で良かったな、と思う。お母さんの問題発言にヒロさんは可哀想なくらいに一気に青ざめ、その横顔は明らかに動揺していた。

「それをいつから知って・・・・・?」

「いつからって・・・一緒に暮らすって聞いた時から、そうなんだろうなって思ってたわよ。ヒロちゃんが男の人を好きなのは昔から分かってたし、実際に野分君に会ってみたら、なるほどいい男だわって感心したのよ。」

「感心って・・・・。」

「だって私、ヒロちゃんは秋彦君と結婚するんだって思ってたもの。子供の頃からずっと一緒だったし。それにしても我が息子ながらヒロちゃんはとんでもないメンクイね。」

「・・・・・・。」

唖然としているヒロさんと、平然と食事を続けるお母さん。そして申し訳なさげに俺を見るお父さん。
驚いた事に、二人の関係を隠せていると思っていたのは俺達だけで、ご両親ともにとっくに気付いておられたらしいのだ。

「これでも親ですからね。息子が二十歳近くまで一度も女の子の名前も口に出した事もなく、男の友達しか居なかったら気が付きますよ。しかも三十手前で男性と同居するなんて聞けばわかるでしょう。」

それまでずっと黙って話を聞いておられたお父さんが、ふと箸を置いて俺の顔を見た。

「勘違いしてもらっては困るんだが、私はここ数年の弘樹の様子や、何度かお会いし話してみて知った野分君の人柄を見て、二人が一緒にいる事は良い事なんじゃないかと思えるようになったからこそ何もあえて言わなかったんだよ。これでも・・・人並みに息子には普通に結婚をしてもらって、孫の顔も見たいと思っていた事もあるが、今は夫婦の形も多様化していて、男女間であってもあえて籍を同じくしなかったり、子供を持たないという生き方もあるんだと聞く。それなら、弘樹が本当にいいと思っている相手と暮らすのが一番いい、そう思ったからね。」

「野分君、本当にヒロちゃんみたいな子で良かったの?」

「オイ、どういう意味だ!」

「俺にとって・・・・ヒロさんは、唯一無二の存在なんです。男とか女とか、そういう枠を越えて・・・人間として心から尊敬し大切に思っています。許してもらえるならば、一生共に生きていきたいと考えていて・・・・。」

本当ならば、こういうお願いにあがるなら、事前に挨拶の言葉を用意して、着るものも一番いいスーツをきちんと着て・・・・のつもりだった。
だけどもう間に合わない。挨拶を考えている暇も無い。

「お父さん、お母さん、息子さんを・・・弘樹さんを俺にくれとは申しません。彼がお二人の大切なお子さんなのだという事を奪うつもりも捻じ曲げるつもりもありません。そして・・・お父さんの言われる通り、俺ではお二人の為に可愛い孫を産んであげる事も出来ません・・・それでも、彼が大切なんです。どうか・・・生涯彼と一緒に生きていく事を許してもらえませんか。」

あまりにも舞い上がっていて、その後自分が何を口走ったのか、実はあまりもう覚えていない。とにかく気が付いた時には、ヒロさんは真っ赤になって隣でそっぽを向いてしまっていたし、お母さんはとても楽しげに笑っていて、お父さんは静かに笑って俺のグラスにビールを注いでくれた。

 

 


「・・・何をにやにやしてやがんだよ。」

小さなあられを次々と口に運びながら、ヒロさんが口を尖らせる。ちょっと拗ねてみせる時のヒロさんの可愛いクセだ。

「何でもありませんよ。お茶でも淹れて来ます。・・・それ美味しいですね。」

「・・・・うん。」

ヒロさんのおかげで、俺の人生はこのお菓子達みたいに色とりどりで、幸福なものに変わった。
甘い欠片も、ちょっぴりピリリと辛い欠片も、二人で居るそれだけできっと何よりのご馳走になるだろう。

とっておきの緑茶を戸棚から取り出しながら、俺はリビングの床にぺたりと座り込んだヒロさんの背中を、堪らなく愛おしい気持ちで見つめたのだった。


  ◇ おわり ◇

 

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